2007年10月18日
自分を信じて。
霊的世界のことを、
もっとしっかり勉強してみたい・・・という方々のために
僕が参加者に対して公開セッションをしたり、
霊視などのデモンストレーションを行いながら
お話を進めていく内容で
時には可笑しく、時には真面目な
ゆんたくをしながら
毎回、あっという間の数時間が過ぎていきます。
ただの興味本位ではなく、真剣に霊的世界の知識を学んで
実社会で活かそうと
一所懸命にお話を聞いて下さる参加者のみなさんの姿を見ていると、
僕も、その期待に応えられるように
なるべく色々な事例、逆に質問を受けながら
少しでも役に立てるようなお話ができるように心がけています。
前回、初参加で、高校生の息子さんを交通事故で亡くされた女性が
今回も参加されていたのですが、
一ヶ月前とは見違えるほどイキイキされて、表情も明るく
僕も一瞬、別の方かと勘違いしてしまうほどの
嬉しい変わり様でした
前回、亡くなられた息子さんの今の状態や
息子さん自身のメッセージをお伝えしたのですが
その中で「当時と同じように残してある部屋を片付けて欲しい」という希望が
息子さんからありました。
愛する家族が亡くなる・・・という経験は、
どれほど辛いものなのか。
その気持ちは計り知れませんが、
いつまでも故人の部屋をそのままにしておくのは
残された人にとっても、故人にとっても
「未練」という執着を残してしまいがちなので
ある程度、心が落ち着いたら、片付けるのが
双方にとっても良いことなんです。
全ての物を捨てろ・・・と言っているのではありません。
思い出深い形見にしたいようなものがあれば、
そっと残しておくのも1つの方法。
件の女性の場合、
愛する息子の部屋を片付ける勇気が、かなり必要だったそうですが
旦那さんと話し合って
「息子が望んでいることだから・・・」と思い切って、部屋を片付けたそうです。
僕は、霊視や個人セッションを通して
亡くなられた方のメッセンジャーの役割を果たせても、
そのあとの実行する力や思いというのは、
セッションを受けた本人次第、全て、その人にかかっています。
今回、息子さんからのメッセージを真摯に受け止めて
勇気ある行動をとって、一歩前進した
その女性と旦那さんの見事な行動に、
僕は心から拍手を送りたい気持ちでいっぱいになりました。
もちろん、言わずもがな、
今回も、その女性の後ろから抱きつくようにして
息子さんは、ニコニコされていました
そして、明るく新たな人生の一歩を踏み出された
その女性の姿は、本当に輝いていらっしゃいました。
霊的世界のことを勉強する・・・とは、こういうことです。
何も霊能力の開発をするとか、
オカルト的な興味本位の話しで終わるのではなく
色々な人生の体験を通して感じたことを振り返りながら
「見えない世界もあるんだ」
「亡くなった人も、肉体がなくなっても、どこかで同じように生きているんだ」
・・・そういった別の世界の入り口を知ることで、
この世で生きていく意味を、もう一度見つめ直し、
更に前進するための手段のひとつであり、
僕たち霊能者は、
その霊的世界の道具で、案内役にしか過ぎません。
だから、「先生」とか「教祖様」とか
一種の宗教団体によくありがちな特定の人物を崇めるような行為が
いかに間違っていて、愚かなことなのか・・・。
まず、真っ当な人間であれば
自らを「先生」とか「教祖」とか
「神仏、歴史上の人物の生まれ変わり」なんて発言もしないし、
仮に周囲の取り巻きが、そのように崇め始めたとしても、
それを厳しく注意して戒めるのが、
本来あるべき姿であるはずです。
ひとつ理解して頂きたいのは、
高級神霊と呼ばれる神格の高いエネルギー体ほど
自分の身分を明かさないものなんですよ。
とても謙虚であり、人類全ての魂の向上のみを祈って
守護されているエネルギー体なので
自分の存在なんて伝える必要もありません。
ましてや僕たち人間が直接会話なんてできるはずもないし、
霊能者は、その中継ぎの中継ぎの中継ぎ・・・という霊(それでも神格はとても高い)と
コンタクトを取るくらいしかできません。
だから神が人間の体に降りてくる・・・なんてことは
絶対にあり得ませんので
みなさんも、そういった
怪しい霊能者やユタ、教祖様には騙されないようにして下さいね。
もし「私は○○の神、仏だ!」などと自ら名乗り
その霊媒の人間に降りて来ているのであれば、
それは低い波長を持った
低級霊か悪意を持ったエネルギー体の仕業でしょう。
最終的に人間が苦しむ姿を見るのを喜ぶ霊の集団なので、
最初は、ある程度の霊力を発揮して
頼ってきた人の悩み事を解消したり、
一時的に運勢が良くなったかのように思わせて
そのあと一気に奈落の底に突き落とすのが
そういった悪い霊の集団の常套手段です。
もちろん、それを神だと信じている
自称・霊能者自身にも何かしらの異常があるはずです。
いつも体の調子が悪かったり、良くない出来事が続いたり・・・。
それも、全て自らの低い心の波長が呼び寄せたもの。
これも、どこか傲慢な気持ちがあったり
「楽して人生を生きよう」とする
依存心しかない、騙される側にも責任があるので、
どっちもどっち。
これからは、霊的世界を勉強する側が、
そういった正しい知識と冷静な判断力、
そして自分自身の責任で生きていく・・・という強い心を
身につける時期に来ているような気がします。
特に沖縄の人たちは、信仰心の篤い人が多い。
大自然と共に暮らし、
どこか見えないものに畏敬の念を抱きながら
生活をしている人が多く、それは、とても素晴らしいことでもあります。
でも、その反面、見えないもの全てを一緒くたにして信じやすく、
悪意のある霊能者やユタに騙されやすいのも欠点。
今回、勉強会の参加者にも
「ある団体からお祓いが必要だから、
お布施を要求されているんですけど、するべきでしょうか・・・」とか
「亡くなった家族が、この世を彷徨っているので供養が必要。
それには20万円かかる・・・」とか
「不幸になりたくなかったら私と一緒に
県内の御嶽(うたき)をまわって、ウートートー(お祈り)しなさい」など
とにかく、でたらめ、いい加減、身勝手な理由をつけて
お金をせしめようとしているユタや霊能者や団体が
いかに多いかを、改めて実感した次第です。
もちろん、立派に霊的世界の道具としての
お役目を果たされている
霊能者やユタの方も大勢いらっしゃいますが、
信心深い純粋な人たちの心の弱さにつけこんだ
許されない行為や危険性も、
身近にこれだけ存在している・・・ということです。
何度も言いますが、
むやみやたらにお祓いをする必要も全くありません。
先祖供養で高額のお金を払う必要も全くありません。
聖地巡礼をする必要も全くありません。
亡くなられた方が一番喜ぶのは、
この世に生きている僕たちが
時には悩み、苦しみ、そして喜び、笑いながら
一所懸命生きている姿そのものなのですから・・・。
だから、もっと自分自身を信じて生きて欲しいと思います。
人を疑え・・・と言っているのではありません。
他の人と支え合い、助け合いながらも、
自分自身の言動、考え方、
そして人生、全てに責任を持って生きて欲しいんです。
そういった強い心が身につけば、
悪意ある霊の集団や、怪しい霊能者、ユタなどに
翻弄されるようなこともなくなります。
今回の勉強会では、
「自分を信じて・・・。」という
霊的世界からの切なる願いとメッセージが届けられました。
どうぞ、みなさんも
「自分を信じて」、日々の生活を謳歌されて下さい。
実社会で活かそうと
一所懸命にお話を聞いて下さる参加者のみなさんの姿を見ていると、
僕も、その期待に応えられるように
なるべく色々な事例、逆に質問を受けながら
少しでも役に立てるようなお話ができるように心がけています。
前回、初参加で、高校生の息子さんを交通事故で亡くされた女性が
今回も参加されていたのですが、
一ヶ月前とは見違えるほどイキイキされて、表情も明るく
僕も一瞬、別の方かと勘違いしてしまうほどの
嬉しい変わり様でした

前回、亡くなられた息子さんの今の状態や
息子さん自身のメッセージをお伝えしたのですが
その中で「当時と同じように残してある部屋を片付けて欲しい」という希望が
息子さんからありました。
愛する家族が亡くなる・・・という経験は、
どれほど辛いものなのか。
その気持ちは計り知れませんが、
いつまでも故人の部屋をそのままにしておくのは
残された人にとっても、故人にとっても
「未練」という執着を残してしまいがちなので
ある程度、心が落ち着いたら、片付けるのが
双方にとっても良いことなんです。
全ての物を捨てろ・・・と言っているのではありません。
思い出深い形見にしたいようなものがあれば、
そっと残しておくのも1つの方法。
件の女性の場合、
愛する息子の部屋を片付ける勇気が、かなり必要だったそうですが
旦那さんと話し合って
「息子が望んでいることだから・・・」と思い切って、部屋を片付けたそうです。
僕は、霊視や個人セッションを通して
亡くなられた方のメッセンジャーの役割を果たせても、
そのあとの実行する力や思いというのは、
セッションを受けた本人次第、全て、その人にかかっています。
今回、息子さんからのメッセージを真摯に受け止めて
勇気ある行動をとって、一歩前進した
その女性と旦那さんの見事な行動に、
僕は心から拍手を送りたい気持ちでいっぱいになりました。
もちろん、言わずもがな、
今回も、その女性の後ろから抱きつくようにして
息子さんは、ニコニコされていました

そして、明るく新たな人生の一歩を踏み出された
その女性の姿は、本当に輝いていらっしゃいました。
霊的世界のことを勉強する・・・とは、こういうことです。
何も霊能力の開発をするとか、
オカルト的な興味本位の話しで終わるのではなく
色々な人生の体験を通して感じたことを振り返りながら
「見えない世界もあるんだ」
「亡くなった人も、肉体がなくなっても、どこかで同じように生きているんだ」
・・・そういった別の世界の入り口を知ることで、
この世で生きていく意味を、もう一度見つめ直し、
更に前進するための手段のひとつであり、
僕たち霊能者は、
その霊的世界の道具で、案内役にしか過ぎません。
だから、「先生」とか「教祖様」とか
一種の宗教団体によくありがちな特定の人物を崇めるような行為が
いかに間違っていて、愚かなことなのか・・・。
まず、真っ当な人間であれば
自らを「先生」とか「教祖」とか
「神仏、歴史上の人物の生まれ変わり」なんて発言もしないし、
仮に周囲の取り巻きが、そのように崇め始めたとしても、
それを厳しく注意して戒めるのが、
本来あるべき姿であるはずです。
ひとつ理解して頂きたいのは、
高級神霊と呼ばれる神格の高いエネルギー体ほど
自分の身分を明かさないものなんですよ。
とても謙虚であり、人類全ての魂の向上のみを祈って
守護されているエネルギー体なので
自分の存在なんて伝える必要もありません。
ましてや僕たち人間が直接会話なんてできるはずもないし、
霊能者は、その中継ぎの中継ぎの中継ぎ・・・という霊(それでも神格はとても高い)と
コンタクトを取るくらいしかできません。
だから神が人間の体に降りてくる・・・なんてことは
絶対にあり得ませんので
みなさんも、そういった
怪しい霊能者やユタ、教祖様には騙されないようにして下さいね。
もし「私は○○の神、仏だ!」などと自ら名乗り
その霊媒の人間に降りて来ているのであれば、
それは低い波長を持った
低級霊か悪意を持ったエネルギー体の仕業でしょう。
最終的に人間が苦しむ姿を見るのを喜ぶ霊の集団なので、
最初は、ある程度の霊力を発揮して
頼ってきた人の悩み事を解消したり、
一時的に運勢が良くなったかのように思わせて
そのあと一気に奈落の底に突き落とすのが
そういった悪い霊の集団の常套手段です。
もちろん、それを神だと信じている
自称・霊能者自身にも何かしらの異常があるはずです。
いつも体の調子が悪かったり、良くない出来事が続いたり・・・。
それも、全て自らの低い心の波長が呼び寄せたもの。
これも、どこか傲慢な気持ちがあったり
「楽して人生を生きよう」とする
依存心しかない、騙される側にも責任があるので、
どっちもどっち。
これからは、霊的世界を勉強する側が、
そういった正しい知識と冷静な判断力、
そして自分自身の責任で生きていく・・・という強い心を
身につける時期に来ているような気がします。
特に沖縄の人たちは、信仰心の篤い人が多い。
大自然と共に暮らし、
どこか見えないものに畏敬の念を抱きながら
生活をしている人が多く、それは、とても素晴らしいことでもあります。
でも、その反面、見えないもの全てを一緒くたにして信じやすく、
悪意のある霊能者やユタに騙されやすいのも欠点。
今回、勉強会の参加者にも
「ある団体からお祓いが必要だから、
お布施を要求されているんですけど、するべきでしょうか・・・」とか
「亡くなった家族が、この世を彷徨っているので供養が必要。
それには20万円かかる・・・」とか
「不幸になりたくなかったら私と一緒に
県内の御嶽(うたき)をまわって、ウートートー(お祈り)しなさい」など
とにかく、でたらめ、いい加減、身勝手な理由をつけて
お金をせしめようとしているユタや霊能者や団体が
いかに多いかを、改めて実感した次第です。
もちろん、立派に霊的世界の道具としての
お役目を果たされている
霊能者やユタの方も大勢いらっしゃいますが、
信心深い純粋な人たちの心の弱さにつけこんだ
許されない行為や危険性も、
身近にこれだけ存在している・・・ということです。
何度も言いますが、
むやみやたらにお祓いをする必要も全くありません。
先祖供養で高額のお金を払う必要も全くありません。
聖地巡礼をする必要も全くありません。
亡くなられた方が一番喜ぶのは、
この世に生きている僕たちが
時には悩み、苦しみ、そして喜び、笑いながら
一所懸命生きている姿そのものなのですから・・・。
だから、もっと自分自身を信じて生きて欲しいと思います。
人を疑え・・・と言っているのではありません。
他の人と支え合い、助け合いながらも、
自分自身の言動、考え方、
そして人生、全てに責任を持って生きて欲しいんです。
そういった強い心が身につけば、
悪意ある霊の集団や、怪しい霊能者、ユタなどに
翻弄されるようなこともなくなります。
今回の勉強会では、
「自分を信じて・・・。」という
霊的世界からの切なる願いとメッセージが届けられました。
どうぞ、みなさんも
「自分を信じて」、日々の生活を謳歌されて下さい。
Posted by 山野本 竜規 at 07:39│Comments(0)
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