2009年01月07日
母、転院。
治療中心の救急病院から、
自宅に戻る訓練をするための
リハビリ専門の病院への転院です。
緊急入院から57日。
奇跡の回復で、命の危険を
見事、回避することができました。 続きを読む
2008年12月26日
マイホーム。
沖縄の家を留守している間、相棒の観葉植物たちの世話は
心友たちが定期的に足を運び
部屋の換気や水やりをしてくれます。
ここ最近は、元気な様子。
長年一緒に暮らしてきた
観葉植物たちも
人のエネルギーに影響されるのか
僕が沖縄を離れて最初の頃は
元気がなかったそうです。
心友たちが
『元気ないから、自分たちの家に来るね~?』と
植物に尋ねて
次の水やりのために
部屋を訪れたら、
元気になっていたそうです。
どうやら、
植物たちも
慣れない環境よりも
長年親しんできたマイホームのほうが
居心地がいいようですね…。
早く戻れるように福岡で頑張るから
待っててね~!
2008年12月25日
2008年12月16日
魂を込めて・・・。
写真の文字!?は、闘病中の母が書いたもの。「①○△□
② 」・・・など
自分の伝えたい意思を
とにかく一生懸命、文字にしようと
しているのが分かります。
ここまで快復しただけでも
本当に有難いこと。
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2008年12月13日
葬式が終われば・・・。
遺骨が我が家に戻ってきました。
10日の昼過ぎに
入院先の病室で父が息を引き取ってから
あっという間の3日間。
実は、僕、
父が亡くなってから
まだ一度も涙を流していません。 続きを読む
2008年12月12日
賑やかなお通夜。
昨日の父のお通夜、無事に終わりました。身内、親戚のみの予定でしたが
『どうしても最後にお顔だけ…』と
神社関係者の皆さんもお越し下さいました。
父は、あれだけ強烈な!?癖があったのに
心から皆さんに愛されている幸せ者です。
普通、お通夜って、
しんみり寂しい、
悲しいムードになるものですが、
楽しいことが大好きだった
父のお通夜らしく
会場は、とても賑やか…。
…というより、動物園状態(^_^;)
皆さん、少しの涙以外は、
また、いつものユンタクタイムで
わいわい、ガヤガヤ、
小さな子供たちは
会場内を思いっきり走りまわり
いつもの神社境内の様子と
変わらない感じでした。
こういった場で
わいわい、ガヤガヤ笑い声をあげるのは
不謹慎と感じられる方も
特にご年配の方の中には、
多くいらっしゃるかと思いますが
スピリチュアルな観点から捉えても
全く問題ありません。
一番大切なのは、
心をしっかり込めて
故人が望むような雰囲気作り、
お見送りをさせて頂くのが
何よりのお別れの方法だからです。
皆さん、常識をわきまえた上で
『きっと父だったら、賑やかを望むだろう』と
想像力を働かせて
努めて笑顔でいて下さったのだと思います。
その皆さんの優しいお心遣いに
心から感謝しています。
さて、今日は、これから告別式。
しっかり、幸せ者の父の
お見送りをしてきたいと思っています。
2008年12月11日
父と、お別れ。
昨日、昼過ぎ、父が急逝しました。享年68歳、最後は、
とても穏やかな表情で
姉弟たちが病室に駆け付けた
1分後に息を引き取ったので
きっと、ぎりぎりまで
家族を待ってくれていたのでしょう。
お父さん、お疲れ様、そして、ありがとう
続きを読む2008年12月10日
家族の愛。
昨夜は、姉弟4人で牡蠣鍋を戴きました。弟が、福岡の糸島という地域の漁港近くへ
魚釣りに出かけたようで、
戦利品であるコノシロやアジ、
近くの海鮮市場で格安で売られていた
今が旬の牡蠣をお土産として
持ち帰ってくれたので、迷わず、鍋!
いやぁ~、美味しかった
続きを読む2008年12月04日
恋文。
切手が15円だった時代の
両親の恋文の一部です。
昨日、神社の荷物整理を
お手伝いして下さっているスタッフが
母が大切に保管していたと
思われる場所で発見し、
僕たち家族に手渡して下さいました。 続きを読む
2008年11月30日
食は、「生きる」こと。
一番、安心できるのは、
食生活が乱れないこと。
1人暮らしの時のように
外食中心ではなくなり
時間の余裕がある時は、
なるべく料理上手の2人の姉が
交代でご飯を作ってくれるので
意外にも、健康な食生活が続いています。 続きを読む
2008年11月24日
2008年11月22日
母に怒られる!?
母の看病の傍ら、色々な組織経営に関する法律や規則など
今、必要な知識を学ぶため
毎日のように、
コムズカシイ文字と格闘中です。
大学の時にも習った記憶があり
そのほとんどが、うる覚えですが
いざ、現実問題として
やらなければいけない・・・となると、
すんなり、頭の中に入ってくるものです

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2008年11月20日
2008年11月19日
意識が戻りました(感謝)。
母の意識が、少しだけですが戻りました。
倒れてから、5日間ほど
ずっと無反応で眠り続けていたので
先が見えなかったのですが
大きく目を開けて
時々、こちらの問いかけに
反応するほどになりました。
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2008年11月19日
2008年11月18日
想いは、人が作り出す。
写真は、僕が生まれた時のへその緒です。
昨日、神社スタッフから預かったもので
母が、神社の事務所の
タンスの中に入れていたそうです。
僕も、初めて
自分のへその緒を見ましたが
「大きな愛に包まれて生まれてきたんだな。」
と改めて思いましたね。
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2008年11月17日
母の想い。
母は、昨日も頑張りすぎた魂と身体を休めるために
1日、ずっと眠っていました。
日曜日の集中治療室は、
平日に比べて
他のベッドの患者さんのところにも
お見舞いの方が多くて
いつも以上に優しいエネルギーで
満ちていました。
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2008年11月16日
2008年11月15日
何度でも。
昨日夜に沖縄に戻ってきて今日は早朝から昼過ぎまで、いつも通りの放送。
それから、すぐに福岡にトンボ帰り。
多くの方からの応援エネルギーと一緒に
悔いがないように、
僕は何度でも母の元へ戻ります。
2008年11月14日
集中治療室でも笑顔で。
病院の集中治療室。僕のこれまでの人生の中で、
父が3回ほど、そして今回、母が初めて
この場所で治療することになりましたが
何度、来ても慣れない場所です。
今回、急遽、帰福したのは
「母が集中治療室に運ばれた。」と
連絡があったからです。
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昨日、母の看病をしたあと、
昨日、母の看病をするために
母の看病で
昨日から再び実家に戻って来ています。



