RBCアナウンサー山野本竜規の「ナカトリモチ日記」

神社の神職は神と人との間を取り持つ「ナカトリモチ」。 神職資格を持つRBCアナウンサー山野本竜規が、仕事の 裏側からプライベートまで日々の出来事を皆さんにお届けします。
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2009年01月07日

母、転院。

今日、いよいよ、母が転院します。

治療中心の救急病院から、
自宅に戻る訓練をするための
リハビリ専門の病院への転院です。

緊急入院から57日。

奇跡の回復で、命の危険を
見事、回避することができました。  続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 05:49家族

2008年12月26日

マイホーム。

沖縄の家を留守している間、
相棒の観葉植物たちの世話は
心友たちが定期的に足を運び
部屋の換気や水やりをしてくれます。

ここ最近は、元気な様子。




長年一緒に暮らしてきた
観葉植物たちも
人のエネルギーに影響されるのか
僕が沖縄を離れて最初の頃は
元気がなかったそうです。

心友たちが
『元気ないから、自分たちの家に来るね~?』と
植物に尋ねて
次の水やりのために
部屋を訪れたら、
元気になっていたそうです。

どうやら、
植物たちも
慣れない環境よりも
長年親しんできたマイホームのほうが
居心地がいいようですね…。

早く戻れるように福岡で頑張るから
待っててね~!  

Posted by 山野本 竜規 at 10:14家族

2008年12月25日

祝・転院。

昨日、母の看病をしたあと、
新しい病院の面談に姉弟4人で
行ってきました。

母が倒れて集中治療室に運ばれてから
およそ40日…。

ようやく救急病院から転院できそうです。  続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 06:12家族

2008年12月16日

魂を込めて・・・。

写真の文字!?は、闘病中の母が書いたもの。

「①○△□
 ②    」・・・など
自分の伝えたい意思を
とにかく一生懸命、文字にしようと
しているのが分かります。

ここまで快復しただけでも
本当に有難いこと。
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Posted by 山野本 竜規 at 05:58家族

2008年12月13日

葬式が終われば・・・。

昨日、父の告別式が終わり
遺骨が我が家に戻ってきました。

10日の昼過ぎに
入院先の病室で父が息を引き取ってから
あっという間の3日間。

実は、僕、
父が亡くなってから
まだ一度も涙を流していません。  続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 06:19家族

2008年12月12日

賑やかなお通夜。

昨日の父のお通夜、無事に終わりました。

身内、親戚のみの予定でしたが
『どうしても最後にお顔だけ…』と
神社関係者の皆さんもお越し下さいました。

父は、あれだけ強烈な!?癖があったのに
心から皆さんに愛されている幸せ者です。




普通、お通夜って、
しんみり寂しい、
悲しいムードになるものですが、
楽しいことが大好きだった
父のお通夜らしく
会場は、とても賑やか…。

…というより、動物園状態(^_^;)

皆さん、少しの涙以外は、
また、いつものユンタクタイムで
わいわい、ガヤガヤ、
小さな子供たちは
会場内を思いっきり走りまわり
いつもの神社境内の様子と
変わらない感じでした。

こういった場で
わいわい、ガヤガヤ笑い声をあげるのは
不謹慎と感じられる方も
特にご年配の方の中には、
多くいらっしゃるかと思いますが
スピリチュアルな観点から捉えても
全く問題ありません。

一番大切なのは、
心をしっかり込めて
故人が望むような雰囲気作り、
お見送りをさせて頂くのが
何よりのお別れの方法だからです。

皆さん、常識をわきまえた上で
『きっと父だったら、賑やかを望むだろう』と
想像力を働かせて
努めて笑顔でいて下さったのだと思います。

その皆さんの優しいお心遣いに
心から感謝しています。

さて、今日は、これから告別式。

しっかり、幸せ者の父の
お見送りをしてきたいと思っています。
  

Posted by 山野本 竜規 at 08:14家族

2008年12月11日

父と、お別れ。

昨日、昼過ぎ、父が急逝しました。

享年68歳、最後は、
とても穏やかな表情で
姉弟たちが病室に駆け付けた
1分後に息を引き取ったので
きっと、ぎりぎりまで
家族を待ってくれていたのでしょう。

お父さん、お疲れ様、そして、ありがとうキラキラ   続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 03:24家族

2008年12月10日

家族の愛。

昨夜は、姉弟4人で牡蠣鍋を戴きました。

弟が、福岡の糸島という地域の漁港近くへ
魚釣りに出かけたようで、
戦利品であるコノシロやアジ、
近くの海鮮市場で格安で売られていた
今が旬の牡蠣をお土産として
持ち帰ってくれたので、迷わず、鍋!

いやぁ~、美味しかったピース  続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 06:19家族

2008年12月04日

恋文。

写真は、今から約41年ほど前、
切手が15円だった時代の
両親の恋文の一部です。

昨日、神社の荷物整理を
お手伝いして下さっているスタッフが
母が大切に保管していたと
思われる場所で発見し、
僕たち家族に手渡して下さいました。  続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 09:45家族

2008年11月30日

食は、「生きる」こと。

福岡で生活するようになって
一番、安心できるのは、
食生活が乱れないこと。

1人暮らしの時のように
外食中心ではなくなり
時間の余裕がある時は、
なるべく料理上手の2人の姉が
交代でご飯を作ってくれるので
意外にも、健康な食生活が続いています。  続きを読む

Posted by 山野本 竜規 at 06:09家族

2008年11月24日

生き抜く。

昨日、母の看病をするために
病室に行ったら、
いつもの通り、ずっと眠ったまま。

ところが・・・。
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Posted by 山野本 竜規 at 06:11家族

2008年11月22日

母に怒られる!?

母の看病の傍ら、
色々な組織経営に関する法律や規則など
今、必要な知識を学ぶため
毎日のように、
コムズカシイ文字と格闘中です。

大学の時にも習った記憶があり
そのほとんどが、うる覚えですが
いざ、現実問題として
やらなければいけない・・・となると、
すんなり、頭の中に入ってくるものです汗
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Posted by 山野本 竜規 at 06:08家族

2008年11月20日

愛される人。

母が集中治療室に運ばれて、
昏睡状態が続いている間、
いつ目を覚ますのか分からない中で、
母が愛用していたスキンケアクリームを
常に顔や身体に塗って
穏やかな包むようにしていたんです。

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Posted by 山野本 竜規 at 10:26家族

2008年11月19日

意識が戻りました(感謝)。

母の意識が、少しだけですが
戻りました。

倒れてから、5日間ほど
ずっと無反応で眠り続けていたので
先が見えなかったのですが
大きく目を開けて
時々、こちらの問いかけに
反応するほどになりました。
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Posted by 山野本 竜規 at 15:34家族

2008年11月19日

『お互い様』という言葉。

母の看病で
実家で寝泊まりするようになってから
5日が経ちました。

僕が使っている部屋には
去年、家族全員で行った
石垣島旅行の時の
写真が飾られています。
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Posted by 山野本 竜規 at 03:03家族

2008年11月18日

想いは、人が作り出す。

写真は、僕が生まれた時の
へその緒です。

昨日、神社スタッフから預かったもので
母が、神社の事務所の
タンスの中に入れていたそうです。

僕も、初めて
自分のへその緒を見ましたが
「大きな愛に包まれて生まれてきたんだな。」
と改めて思いましたね。


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Posted by 山野本 竜規 at 10:41家族

2008年11月17日

母の想い。

母は、昨日も
頑張りすぎた魂と身体を休めるために
1日、ずっと眠っていました。

日曜日の集中治療室は、
平日に比べて
他のベッドの患者さんのところにも
お見舞いの方が多くて
いつも以上に優しいエネルギーで
満ちていました。


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Posted by 山野本 竜規 at 06:03家族

2008年11月16日

母の偉大さ。

昨日から再び実家に戻って来ています。

だけど、この家を守ってきた母は
今、病と闘っているので
この家には、僕一人。

改めて、母の存在の偉大さ、有難さを
ひしひしと感じています。
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Posted by 山野本 竜規 at 06:06家族

2008年11月15日

何度でも。

昨日夜に沖縄に戻ってきて
今日は早朝から昼過ぎまで、いつも通りの放送。

それから、すぐに福岡にトンボ帰り。

多くの方からの応援エネルギーと一緒に
悔いがないように、
僕は何度でも母の元へ戻ります。

  

Posted by 山野本 竜規 at 16:29家族

2008年11月14日

集中治療室でも笑顔で。

病院の集中治療室。

僕のこれまでの人生の中で、
父が3回ほど、そして今回、母が初めて
この場所で治療することになりましたが
何度、来ても慣れない場所です。

今回、急遽、帰福したのは
「母が集中治療室に運ばれた。」と
連絡があったからです。
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Posted by 山野本 竜規 at 05:36家族