2008年08月20日
何故、嫌な人が存在するのか。

映画撮影のために沖縄の離島に滞在している女優さんが、
日々起こる出来事の中で、
色々な心境を綴ったメールと一緒に添えて
定期的に離島の素晴らしい
月や夕陽の画像を送って下さいます。
昨夜は、離島の道路の真ん中で、1人、横になって
この月を眺めていたそうです。
とても、素晴らしいエネルギーチャージの時間に
なったのではないでしょうか・・・。
全ての人とは言いませんが
女優、俳優、役者という職業を選ばれた方は、
やっぱり、それぞれの与えられた役になりきるために
全くの他人である登場人物に
自然と感情移入が出来る
魂の受け皿を持っている方が多く、
僕たち、霊能者と似たような感性を
お持ちの方が多いようです。
他の人の気持ちを敏感に感じ取り、
対面する人の雰囲気から
その人の生きてきた見えない陰の努力や
地道な努力、
はたまた、心の強さ、弱さなど
普通の人では、感じ取ることができない
繊細で、高性能の魂のセンサーを
持ち合わせています。
逆に言えば、それだけ、心が疲れやすく、
普通の人以上に、
他人のエネルギーの影響を受けやすいので
そういった心の弱さ、脆さを、
いかにバネにして
強く、逞しく、芸の肥やしにしていくのか
誰もが、その苦しい葛藤や迷いを糧にして
さらに輝きを増すような
棘(いばら)の道を歩むことになります。
そんな、普通の人から理解できないような
心の葛藤、孤独感、苦労をも
自分の人生の一部と受け止めて
表現の世界で
自分なりの役目を果たしていく点では
同じ表現を生業としている
霊能アナウンサーの僕と
同じ価値観、苦楽を共有できる
同志のような存在なので
お話していても、本当に楽というか、
理解が早いというか、素の自分でいられる状態が
なんとも心地良いんです。
仕事の合間に
綺麗な素晴らしい風景を送ってこられる女優さんは、
まだ若い方なのですが、
まるで年上の女性とお話しているかのように
聡明で、他の人に対する優しさ、想像力、想い遣り、
理解力が抜群な方です。
魂自体の年齢、経験値が高い方なのでしょう。
そんな彼女が、
「ここ最近、これまでずっと平和主義だった私が
人の好き嫌いの感情を、しっかり心の中で
感じるようになってきました。
だけど、これが正直な心の声なので
この感情に素直に従ってみることにしてみます。」と
僕に伝えてこられました。
この言葉を聞いた時、
今でも魅力的で、とても才能のあるこの方は、
きっと、これから益々、
自分のエネルギーを糧にして
女優としても、1人の人間としても
大きく飛躍する方だな・・・と確信しましたね。
・・・どういうことかというと、
まだ若いにも関わらず、
しっかり、自分の魂の声に耳を傾けて
その声に従って生きていく、
傍から見たら、本当に大変な道を
自ら歩む、心の準備ができた証拠だからです。
人にもよりますが、普通だったら、
こういった心得を理解できてくるのは、
数々の人生の失敗や挫折を繰り返し
辛酸をなめてきたような
40代、50代からで、
たとえ、それを心で理解できたとしても、
それを実践するとなると、
相当な覚悟と、自立した心の強さがないと
できないことなのです。
僕が、いつもこのブログで書いている
「好き」か「嫌い」か、
「やりたい」か「やりたくない」か
「はい」か「いいえ」か・・・。
周囲の顔色を窺うのではなく、
愛する自分の感性に従って生きていく。
これは、簡単なようでいて、
現代社会の環境に
身を置く人間からしてみれば
なかなか理解されない、
難しいことでもあります。
だけど、どんなにワガママと言われようと、
周囲から孤立してしまうような状況になろうと、
そういった自立した人生こそが
真の幸せに繋がる近道なのです。
そういった人生を歩んでいると、
霊能者でなくとも、
他の人の心は、
さらに敏感に感じ取ることができるようになります。
ここ最近、僕が大好きな
アナウンス室の仲間たちや
ラジオスタッフたちとの仕事以外で
関わる業務の中で
自分の立場に優位になりそうな人には
愛想良く、
逆に無関係な人には
露骨に無視をする・・・という
下品な輩と接することが続いていました。
こういう人たちは、普段は
なかなか本性を現わさないので
誰から見ても「感じの良い人」「愛想の良い人」と
思われますが、
僕は、自分で言うのも何ですが、
「好き」「嫌い」がはっきりした
わがままな生き方をしている分、
こういった人間の本質を見抜く力だけは
抜群に優れています。
僕は、そのような心が汚れた人たちは
たとえ仕事が優秀であったとしても
絶対に関わりたくないので、
必要最低限の会話以外は避けているのですが、
では、何故、こういった人たちと
敢えて、一緒に仕事を
しなければいけないのでしょうか・・・。
実は、心が下品な人たちと
接しなければいけないのは、
やり方は汚くても、
社会や組織の中で上手く立ち回る
「処世術」という能力に優れていて、
清らかな世界、理想だけでは、
この世は、生きていけないものなのですよ・・・
という霊的世界からの
気付かせがあるんです。
魂の経験値が高い人、自立した人、
清らかな心を持ち合わせている人というのは、
その対極にある
下品な人の生き様を見せつけられたり、
その言動を目の当たりに
しなければいけないことが多いものです。
何故なら、魂というのは、
そういった陰と陽、両方の世界を学ぶために
自ら望んで、この世に生れてくるからです。
若いうちは、
そういった現実を目の当たりにすると
「なんで、こんなに理不尽なんだろう。」と
そのこと自体を嘆いてしまうものですが、
何度も同じような経験を重ねていくうちに
「これも、世の中の一部なんだ。」と
良い意味で、自然と受け止める
心の広さ、魂の度量の大きさが身に付いていきます。
諦めるのでも、迎合するのでもなく、
ただ、粛々と、その事実を認めて
自分の信念を貫いていくために
嫌な人、下品な人というのは存在するのです。
そして、そんな嫌な人にでも、
学ぶべきところは、沢山あります。
・・・ということは、
自分の理想、信念を持ちつつも、
現世の汚れた部分も、清らかな部分も、
しっかり直視して、
それでも尚、腐らずに
自分の「好き」「嫌い」の基準を保ちながら
人生を生き抜いて
いかなければならないんですね。
以前の僕だったら、
下品な人の言動を目の当たりしたら、
即、「なんだ、お前!やり方が汚いぞ!」と
直接本人に言って
衝突ばかりしていましたが、
今は、ほんの少しだけ大人になりました。
やっぱり、同じ土台で喧嘩してしまったら、
下品な人と、同程度になってしまいますし
その時点で、清らかだった心も
怒りに満ちて、汚れてしまいます。
そういう嫌な人、心が下品な人は、
たとえ仕事で成果を出したとしても、
周囲に認められたとしても、
いつかは必ず、
「人を傷つけるような言動をとった」
「卑怯な生き方をした」という
マイナスの行為が、
そっくり、そのまま自分に返ってくることになります。
他の人に同じことをされたり、
はたまた、人生の大きな挫折、
思ってもみなかった災難など
形は様々ですが、
たとえ、この世で、
そういったことがなかったとしても
魂が永遠に続くことを知っていれば、
生まれ変わった後世で、
逆の立場で苦しい経験をしなければいけない・・・
ということが、
なんとなく、分かるものです。
だから、敢えて、目くじらを立てて
怒ることもないんですね。
自然に任せておけば、
目先のことでイライラ、カリカリすることも
なくなります。
嫌な人、心が下品な人は、
やっぱり一緒にいたくないものですが、
逆に、そういったスパイスがあるからこそ、
自分の守るべき信念が
しっかり見えてくるものですし
応援してくれる、味方してくれる
心優しい人の、温かいエネルギーにも
素直に感謝できるものです。
会社にしても、組織にしても、
世の中のあらゆる人間関係にしても、
心が清らかな人と、心が下品な人、嫌な人は、
必ず、ちゃんぷる~されています。
カレーに例えると、
確かに良い人たちとだけ
仕事ができれば、それは本当に
有難い環境かも知れませんが
それでは、味は、なんとなく
だらけたものになってしまいます。
考え方、価値観が全く違う人、嫌な人、
心が下品な人たちような
スパイスがなければ、
美味しい、まろやかなカレーには
なりません。
スパイスの量が多すぎても困りますが、
ほんのちょっとのスパイスなら
必要だと思いませんか?
そして、周囲を見渡せば、
清らかで強い信念を持っている人には、
同じような同志、仲間が
あなたを、そっと支えてくれているものです。
だから、どうぞ、安心して、
腐ることなく、前進して下さい。
嫌な人、心が下品な人と接する時は、
なるべく笑顔で、時間は短く、
さっさと話を切り上げて立ち去る・・・。
これで、いいはず

*注*
このブログのメッセージ欄を通して、または会社の電話を通しての
霊視や個人セッション、勉強会の申し込み、質問、要望等は
一切受け付けておりませんので、どうぞ、ご了承下さい。
「嫌な人」「嫌なこと」に関連する、過去の参考記事。
不細工に惑わされるな。
仰看、晴天。
最強のお祓い方法。
いつも誰かが、すぐ傍に。
最悪の日もある。
同じアナウンサーでも・・・。
女優、俳優、役者という職業を選ばれた方は、
やっぱり、それぞれの与えられた役になりきるために
全くの他人である登場人物に
自然と感情移入が出来る
魂の受け皿を持っている方が多く、
僕たち、霊能者と似たような感性を
お持ちの方が多いようです。
他の人の気持ちを敏感に感じ取り、
対面する人の雰囲気から
その人の生きてきた見えない陰の努力や
地道な努力、
はたまた、心の強さ、弱さなど
普通の人では、感じ取ることができない
繊細で、高性能の魂のセンサーを
持ち合わせています。
逆に言えば、それだけ、心が疲れやすく、
普通の人以上に、
他人のエネルギーの影響を受けやすいので
そういった心の弱さ、脆さを、
いかにバネにして
強く、逞しく、芸の肥やしにしていくのか
誰もが、その苦しい葛藤や迷いを糧にして
さらに輝きを増すような
棘(いばら)の道を歩むことになります。
そんな、普通の人から理解できないような
心の葛藤、孤独感、苦労をも
自分の人生の一部と受け止めて
表現の世界で
自分なりの役目を果たしていく点では
同じ表現を生業としている
霊能アナウンサーの僕と
同じ価値観、苦楽を共有できる
同志のような存在なので
お話していても、本当に楽というか、
理解が早いというか、素の自分でいられる状態が
なんとも心地良いんです。
仕事の合間に
綺麗な素晴らしい風景を送ってこられる女優さんは、
まだ若い方なのですが、
まるで年上の女性とお話しているかのように
聡明で、他の人に対する優しさ、想像力、想い遣り、
理解力が抜群な方です。
魂自体の年齢、経験値が高い方なのでしょう。
そんな彼女が、
「ここ最近、これまでずっと平和主義だった私が
人の好き嫌いの感情を、しっかり心の中で
感じるようになってきました。
だけど、これが正直な心の声なので
この感情に素直に従ってみることにしてみます。」と
僕に伝えてこられました。
この言葉を聞いた時、
今でも魅力的で、とても才能のあるこの方は、
きっと、これから益々、
自分のエネルギーを糧にして
女優としても、1人の人間としても
大きく飛躍する方だな・・・と確信しましたね。
・・・どういうことかというと、
まだ若いにも関わらず、
しっかり、自分の魂の声に耳を傾けて
その声に従って生きていく、
傍から見たら、本当に大変な道を
自ら歩む、心の準備ができた証拠だからです。
人にもよりますが、普通だったら、
こういった心得を理解できてくるのは、
数々の人生の失敗や挫折を繰り返し
辛酸をなめてきたような
40代、50代からで、
たとえ、それを心で理解できたとしても、
それを実践するとなると、
相当な覚悟と、自立した心の強さがないと
できないことなのです。
僕が、いつもこのブログで書いている
「好き」か「嫌い」か、
「やりたい」か「やりたくない」か
「はい」か「いいえ」か・・・。
周囲の顔色を窺うのではなく、
愛する自分の感性に従って生きていく。
これは、簡単なようでいて、
現代社会の環境に
身を置く人間からしてみれば
なかなか理解されない、
難しいことでもあります。
だけど、どんなにワガママと言われようと、
周囲から孤立してしまうような状況になろうと、
そういった自立した人生こそが
真の幸せに繋がる近道なのです。
そういった人生を歩んでいると、
霊能者でなくとも、
他の人の心は、
さらに敏感に感じ取ることができるようになります。
ここ最近、僕が大好きな
アナウンス室の仲間たちや
ラジオスタッフたちとの仕事以外で
関わる業務の中で
自分の立場に優位になりそうな人には
愛想良く、
逆に無関係な人には
露骨に無視をする・・・という
下品な輩と接することが続いていました。
こういう人たちは、普段は
なかなか本性を現わさないので
誰から見ても「感じの良い人」「愛想の良い人」と
思われますが、
僕は、自分で言うのも何ですが、
「好き」「嫌い」がはっきりした
わがままな生き方をしている分、
こういった人間の本質を見抜く力だけは
抜群に優れています。
僕は、そのような心が汚れた人たちは
たとえ仕事が優秀であったとしても
絶対に関わりたくないので、
必要最低限の会話以外は避けているのですが、
では、何故、こういった人たちと
敢えて、一緒に仕事を
しなければいけないのでしょうか・・・。
実は、心が下品な人たちと
接しなければいけないのは、
やり方は汚くても、
社会や組織の中で上手く立ち回る
「処世術」という能力に優れていて、
清らかな世界、理想だけでは、
この世は、生きていけないものなのですよ・・・
という霊的世界からの
気付かせがあるんです。
魂の経験値が高い人、自立した人、
清らかな心を持ち合わせている人というのは、
その対極にある
下品な人の生き様を見せつけられたり、
その言動を目の当たりに
しなければいけないことが多いものです。
何故なら、魂というのは、
そういった陰と陽、両方の世界を学ぶために
自ら望んで、この世に生れてくるからです。
若いうちは、
そういった現実を目の当たりにすると
「なんで、こんなに理不尽なんだろう。」と
そのこと自体を嘆いてしまうものですが、
何度も同じような経験を重ねていくうちに
「これも、世の中の一部なんだ。」と
良い意味で、自然と受け止める
心の広さ、魂の度量の大きさが身に付いていきます。
諦めるのでも、迎合するのでもなく、
ただ、粛々と、その事実を認めて
自分の信念を貫いていくために
嫌な人、下品な人というのは存在するのです。
そして、そんな嫌な人にでも、
学ぶべきところは、沢山あります。
・・・ということは、
自分の理想、信念を持ちつつも、
現世の汚れた部分も、清らかな部分も、
しっかり直視して、
それでも尚、腐らずに
自分の「好き」「嫌い」の基準を保ちながら
人生を生き抜いて
いかなければならないんですね。
以前の僕だったら、
下品な人の言動を目の当たりしたら、
即、「なんだ、お前!やり方が汚いぞ!」と
直接本人に言って
衝突ばかりしていましたが、
今は、ほんの少しだけ大人になりました。
やっぱり、同じ土台で喧嘩してしまったら、
下品な人と、同程度になってしまいますし
その時点で、清らかだった心も
怒りに満ちて、汚れてしまいます。
そういう嫌な人、心が下品な人は、
たとえ仕事で成果を出したとしても、
周囲に認められたとしても、
いつかは必ず、
「人を傷つけるような言動をとった」
「卑怯な生き方をした」という
マイナスの行為が、
そっくり、そのまま自分に返ってくることになります。
他の人に同じことをされたり、
はたまた、人生の大きな挫折、
思ってもみなかった災難など
形は様々ですが、
たとえ、この世で、
そういったことがなかったとしても
魂が永遠に続くことを知っていれば、
生まれ変わった後世で、
逆の立場で苦しい経験をしなければいけない・・・
ということが、
なんとなく、分かるものです。
だから、敢えて、目くじらを立てて
怒ることもないんですね。
自然に任せておけば、
目先のことでイライラ、カリカリすることも
なくなります。
嫌な人、心が下品な人は、
やっぱり一緒にいたくないものですが、
逆に、そういったスパイスがあるからこそ、
自分の守るべき信念が
しっかり見えてくるものですし
応援してくれる、味方してくれる
心優しい人の、温かいエネルギーにも
素直に感謝できるものです。
会社にしても、組織にしても、
世の中のあらゆる人間関係にしても、
心が清らかな人と、心が下品な人、嫌な人は、
必ず、ちゃんぷる~されています。
カレーに例えると、
確かに良い人たちとだけ
仕事ができれば、それは本当に
有難い環境かも知れませんが
それでは、味は、なんとなく
だらけたものになってしまいます。
考え方、価値観が全く違う人、嫌な人、
心が下品な人たちような
スパイスがなければ、
美味しい、まろやかなカレーには
なりません。
スパイスの量が多すぎても困りますが、
ほんのちょっとのスパイスなら
必要だと思いませんか?
そして、周囲を見渡せば、
清らかで強い信念を持っている人には、
同じような同志、仲間が
あなたを、そっと支えてくれているものです。
だから、どうぞ、安心して、
腐ることなく、前進して下さい。
嫌な人、心が下品な人と接する時は、
なるべく笑顔で、時間は短く、
さっさと話を切り上げて立ち去る・・・。
これで、いいはず


*注*
このブログのメッセージ欄を通して、または会社の電話を通しての
霊視や個人セッション、勉強会の申し込み、質問、要望等は
一切受け付けておりませんので、どうぞ、ご了承下さい。
「嫌な人」「嫌なこと」に関連する、過去の参考記事。
不細工に惑わされるな。
仰看、晴天。
最強のお祓い方法。
いつも誰かが、すぐ傍に。
最悪の日もある。
同じアナウンサーでも・・・。
Posted by 山野本 竜規 at 06:04
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