2008年11月29日
希望の光。

実家の神社の境内にある
小さな滝の場所で撮影したものです。
普段は、滝の水が小池にたまり
余分な水は、排水溝から
流れていく構造になっていますが、
落ち葉などで、排水溝が詰まって
小池に淀んだ水が溜まっていたので
一緒にいた弟が、掃除をすると
キレイに流れていきました。
小池の淀みがなくなって、
また、いつもの綺麗な水が溜まり、
清らかな水の流れに戻ったのを
見届けて
別の場所に移動したのですが、
戻ってくると、
不思議な霧がかかっていたんです。
しかも、ほんの
10秒ほどの間の出来事。
水が流れ落ちる滝の周りは
普通の空気なのですが、
その周りを
しっかり囲むように
とても幻想的な白いモヤが
ゆっくりと空へと昇っていき、
朝日の中に消えていきました。
僕も、弟も、
2人顔を見合せて
「あれ、何だろうね・・・。」と
その不思議な光景を見つめていたのですが
淀んだ小池が
綺麗になって
清らかなエネルギーが
再び循環し始めた
お知らせだったのだ・・・と思っています。
全ての物事をリセットして、
また、新しくスタートする
清々しいエネルギーを感じて
心も穏やかになりました。
神社という聖域は、
その土地をお守りする
人の心次第によって
良いエネルギーにも、
悪いエネルギーにもなります。
正直、今回、僕が久し振りに
実家の神社に戻ってきた時、
いつも清々しいエネルギーで
満ち溢れていた聖域が
まるで、淀んだエネルギーに
支配されていたかのように
重苦しい空気が充満していたんです。
その原因は、
そこをお守りしている人たちの
心が淀んでいたから・・・。
実は、今回の休職の理由には、
いつ快方に向かうのか分からない
重病の両親の看病の他にも、
この淀んだエネルギーで充満していた
神社の再建・・・という
大きな目的がありました。
誰を責める・・・という訳では
ないのですが、
ここ最近の実家の神社の状況は、
せっかくの聖域を
そこをお守りする人たちの
お金や出世欲、嫉妬など
人の醜い心の弱さで穢して
その悪循環を増長させていたのが
目に見えて分かっていました。
それが証拠に、神社の境内は、
清掃が行き届いていない、
荒れ放題のままの状態で
何もかもが中途半端。
どんなに清らかな聖域だとしても、
そこにいる人の心が暗くて、
汚れていれば
その土地自体のエネルギーも
暗い淀んだ想念に呼応して
悪くなっていきます。
良いものは、
ゆっくり、じんわりと
時間をかけながら
共感し合い、伝わっていくものですが
悪いものは、
鉄に火の熱さが伝わる速さほど
一瞬にして広がっていくものです。
遠い沖縄から、
常に、このような状態に
なっていないか、どうか気にかけながら
自分の生活を送っていたのですが、
戻ってきてみたら、案の定・・・。
逆に言えば、
もう、これ以上、
穢れた神社にはさせないために
神社の土地に宿る
御祭神たちが
ありとあらゆる手段を使って、
僕たち姉弟全員を
強引に、全国各地から呼び戻したのだと
思っています。
清らかな神社には、
出世欲も、汚いお金も、
スタッフ同士の嫉妬も、
全て不必要なものです。
だから、大掃除をする意味で
姉弟、皆が力を合わせて
元の清らかな神社に戻るよう
全ての人員、組織、行事などを
リセットさせて頂くことにしました。
法的な手続き、
スタッフ同士の様々な確執問題対処、
今後の運営資金対策、
行事の方法など
やるべきことが山積みで、
父や母が入院してからの
この2週間の間に
このブログでは、公に出来ないほど
ドロドロした人間模様や
お金の問題など
目を覆いたくなるような現実に
毎日のように、向き合う日々が
続いていましたし、
今も、その渦中にいます。
僕は、いつでも
自分の心には正直に、
生きています。
これは、仕事だろうが、
プライベートだろうが、
そして霊的世界の通訳の
お役目の時だろうが
全く、そのスタンスは変わりません。
神社には、
その聖域に惹かれて
心を寄せて協力して下さる、
純粋で清らかな魂を持った方々が
多く、お見えになります。
だからこそ、
僕たち姉弟4人は、
そういった内部事情も
包み隠すことなく、正直に
皆さんに説明して
今後、立派な神社に再建していくことを
お約束しながら
色々な物事に取り組んでいます。
「両親の看病だけに
専念できる環境であれば、
どれだけ楽か・・・」と
常々思っているのは、
そういった理由があるからです。
とにかく、毎日が
問題処理の連続で
その合間に
重病の両親の看病をする・・・という
これまで体験したことがないほどの
過酷な日々。
だけど、不思議なことに
これだけ大変な想いをしているはずなのに
必要以上の不安や恐れが
全くありませんし、
勿論、悲壮感なんて、
全員、微塵も漂わせていません。
無理しているのではなく、
これからの
明るい希望、未来を想像すると、
それだけで
心から明るく、楽しい気持ちになるからです。
それに、もう、これほど
過酷で大変な経験は
この先、姉弟含めて、
全員が体験することはないだろう・・・という
所謂、どん底の中にいるので
あとは、自然に上り坂を
歩いていくだけ。
これこそが、
逆境の中にいる時の
本当の心境なんだろうな・・・と
冷静に受け止めています。
だから、
このブログでも何度も言うように
「辛い、辛い。」「不幸。」「悲しい。」と
嘆き悲しんでいる暇があるうちは
まだまだ幸せで、
恵まれた環境だということです。
本当に大変だと、
嘆き悲しむ時間すらありませんし、
そんなことを通り越して
明るい希望を見出せる
心の余裕、
笑顔が出てくるものなのです。
不思議ですが、
本当に、そうなのです。
昨日の朝、
弟と2人で見た
滝の周りに発生した不思議なモヤが
朝日に吸い込まれていく光景は、
まさに、
神社という聖域が
淀んだエネルギーから、
清らかなエネルギーに入れ替わった
その瞬間だったと思います。
それが証拠に、
冒頭の写真、
とても、希望に満ち溢れた
明るいエネルギーが
漂っていますよね。
これからが、
僕たちにとっての
本当のスタート。
未来は、明るい・・・。
だったら、前進あるのみです
また、いつもの綺麗な水が溜まり、
清らかな水の流れに戻ったのを
見届けて
別の場所に移動したのですが、
戻ってくると、
不思議な霧がかかっていたんです。
しかも、ほんの
10秒ほどの間の出来事。
水が流れ落ちる滝の周りは
普通の空気なのですが、
その周りを
しっかり囲むように
とても幻想的な白いモヤが
ゆっくりと空へと昇っていき、
朝日の中に消えていきました。
僕も、弟も、
2人顔を見合せて
「あれ、何だろうね・・・。」と
その不思議な光景を見つめていたのですが
淀んだ小池が
綺麗になって
清らかなエネルギーが
再び循環し始めた
お知らせだったのだ・・・と思っています。
全ての物事をリセットして、
また、新しくスタートする
清々しいエネルギーを感じて
心も穏やかになりました。
神社という聖域は、
その土地をお守りする
人の心次第によって
良いエネルギーにも、
悪いエネルギーにもなります。
正直、今回、僕が久し振りに
実家の神社に戻ってきた時、
いつも清々しいエネルギーで
満ち溢れていた聖域が
まるで、淀んだエネルギーに
支配されていたかのように
重苦しい空気が充満していたんです。
その原因は、
そこをお守りしている人たちの
心が淀んでいたから・・・。
実は、今回の休職の理由には、
いつ快方に向かうのか分からない
重病の両親の看病の他にも、
この淀んだエネルギーで充満していた
神社の再建・・・という
大きな目的がありました。
誰を責める・・・という訳では
ないのですが、
ここ最近の実家の神社の状況は、
せっかくの聖域を
そこをお守りする人たちの
お金や出世欲、嫉妬など
人の醜い心の弱さで穢して
その悪循環を増長させていたのが
目に見えて分かっていました。
それが証拠に、神社の境内は、
清掃が行き届いていない、
荒れ放題のままの状態で
何もかもが中途半端。
どんなに清らかな聖域だとしても、
そこにいる人の心が暗くて、
汚れていれば
その土地自体のエネルギーも
暗い淀んだ想念に呼応して
悪くなっていきます。
良いものは、
ゆっくり、じんわりと
時間をかけながら
共感し合い、伝わっていくものですが
悪いものは、
鉄に火の熱さが伝わる速さほど
一瞬にして広がっていくものです。
遠い沖縄から、
常に、このような状態に
なっていないか、どうか気にかけながら
自分の生活を送っていたのですが、
戻ってきてみたら、案の定・・・。
逆に言えば、
もう、これ以上、
穢れた神社にはさせないために
神社の土地に宿る
御祭神たちが
ありとあらゆる手段を使って、
僕たち姉弟全員を
強引に、全国各地から呼び戻したのだと
思っています。
清らかな神社には、
出世欲も、汚いお金も、
スタッフ同士の嫉妬も、
全て不必要なものです。
だから、大掃除をする意味で
姉弟、皆が力を合わせて
元の清らかな神社に戻るよう
全ての人員、組織、行事などを
リセットさせて頂くことにしました。
法的な手続き、
スタッフ同士の様々な確執問題対処、
今後の運営資金対策、
行事の方法など
やるべきことが山積みで、
父や母が入院してからの
この2週間の間に
このブログでは、公に出来ないほど
ドロドロした人間模様や
お金の問題など
目を覆いたくなるような現実に
毎日のように、向き合う日々が
続いていましたし、
今も、その渦中にいます。
僕は、いつでも
自分の心には正直に、
生きています。
これは、仕事だろうが、
プライベートだろうが、
そして霊的世界の通訳の
お役目の時だろうが
全く、そのスタンスは変わりません。
神社には、
その聖域に惹かれて
心を寄せて協力して下さる、
純粋で清らかな魂を持った方々が
多く、お見えになります。
だからこそ、
僕たち姉弟4人は、
そういった内部事情も
包み隠すことなく、正直に
皆さんに説明して
今後、立派な神社に再建していくことを
お約束しながら
色々な物事に取り組んでいます。
「両親の看病だけに
専念できる環境であれば、
どれだけ楽か・・・」と
常々思っているのは、
そういった理由があるからです。
とにかく、毎日が
問題処理の連続で
その合間に
重病の両親の看病をする・・・という
これまで体験したことがないほどの
過酷な日々。
だけど、不思議なことに
これだけ大変な想いをしているはずなのに
必要以上の不安や恐れが
全くありませんし、
勿論、悲壮感なんて、
全員、微塵も漂わせていません。
無理しているのではなく、
これからの
明るい希望、未来を想像すると、
それだけで
心から明るく、楽しい気持ちになるからです。
それに、もう、これほど
過酷で大変な経験は
この先、姉弟含めて、
全員が体験することはないだろう・・・という
所謂、どん底の中にいるので
あとは、自然に上り坂を
歩いていくだけ。
これこそが、
逆境の中にいる時の
本当の心境なんだろうな・・・と
冷静に受け止めています。
だから、
このブログでも何度も言うように
「辛い、辛い。」「不幸。」「悲しい。」と
嘆き悲しんでいる暇があるうちは
まだまだ幸せで、
恵まれた環境だということです。
本当に大変だと、
嘆き悲しむ時間すらありませんし、
そんなことを通り越して
明るい希望を見出せる
心の余裕、
笑顔が出てくるものなのです。
不思議ですが、
本当に、そうなのです。
昨日の朝、
弟と2人で見た
滝の周りに発生した不思議なモヤが
朝日に吸い込まれていく光景は、
まさに、
神社という聖域が
淀んだエネルギーから、
清らかなエネルギーに入れ替わった
その瞬間だったと思います。
それが証拠に、
冒頭の写真、
とても、希望に満ち溢れた
明るいエネルギーが
漂っていますよね。
これからが、
僕たちにとっての
本当のスタート。
未来は、明るい・・・。
だったら、前進あるのみです

Posted by 山野本 竜規 at 06:02
│スピリチュアル&神社