2007年11月28日
亡き姉からのメッセージ。

個人セッションの依頼をされていた男性と
ようやく面会することができ
その方の霊視をさせて頂きました。
なかなかお互いの時間が合わずに
申し訳なく思っていただけに
ようやく本懐を遂げることができた
スッキリした気持ちです

写真は、そのセッションが終わってから、
僕1人、そして普通の人には見えない!?
もう1人の方と一緒に頂いたハーブティーとケーキ。
・・・ということは、現実的には僕1人で食べているんですけどね
こう書くと、なんだかちょっと怪しい人と間違われてしまいそうですが
僕は、ごく稀に個人セッションを終えたあとに
霊視をさせて頂いた方と関係のある、
肉体のない人と食事やお茶を共にすることがあります。
もちろん、亡くなった方は、肉体がないワケですから、
実際の食べ物を口にすることはできませんが
そういった食べ物のエネルギーを感じ取って頂いている場合があります。
今回の相談者の男性は、
去年、お姉さんを病気で亡くされてしまい、
その死因もハッキリと分からず、
おまけにその悲しみから、なかなか現実を直視できずに
自分や他の残された家族が
それぞれの人生すら、まともに歩くことができないほどのショックを受けていたそうです。
実際に、その男性にお会いしてセッションを始める前、
僕は、その方がどんな悩みを抱えていて、
どんな相談をしたいのか・・・ということは一切聞かずに
本題に入ろうとしたので、
男性も、最初はちょっとビックリされました。
というのも、この男性の傍には、
心配そうに、その男性を見つめている肉体のない女性が一緒に来られていたから。
僕がその女性に意識を集中すると、
どうも、胸が苦しくて、呼吸が乱れるような息苦しさを感じたので
死因は、肺か胸に関する病気なんだろうなぁ~と思い、
開口一番、「胸を患って亡くなった女性がいらしてますが・・・」とお伝えすると
その男性は、ボロボロ泣きだしてしまいました。
男性が落ち着くのを待ってから
僕が逆に「この女性は、どなたなんですか?」と男性に尋ねると
「姉です。」と答えました。
スピリチュアルなセッションを行う場合、
初めて相談に来られる方は不安でいっぱいです。
ケースバイケースですが、こういった
「何も伝えていないのに、なんで分かるの?」という驚きがあったほうが
「本当に見えない世界があるんだ」ということを
すんなり受け入れてもらえることが多いので
必要な場合は、この男性のように
先に情報を読み取る「シッティング」と呼ばれる方法をとることがあります。
更に意識を集中させると、その女性は
その男性のことを心配そうに見つめていて
「私の死を言い訳にして、自分の殻に閉じこもっているから
どうにかして生きる力を引き出してあげたい」と伝えてきました。
弟である、その男性に話を聞くと、
結婚していたお姉さんは、最初、乳がんと診断されたようですが
その後の状況を身内には一切話さずに
「胸がちょっと苦しい時がある」としか言わずに
突然、亡くなってしまったそうです。
残された旦那さんや家族は、何がなんだか分からずに
ただただ動揺してしまい、現在に至っているそうです。
今度はお姉さんに話を聞くと、
実は癌が肺に転移していて、もう命がないことも知っていたけど
家族には心配をかけたくなかったら絶対に言うことができなかった・・・と
当時のことを振り返っていました。
そして、旦那さんのことも心配されている様子。
「家族が旦那を責めている・・・」
そのことを正直に伝えると、男性とお姉さんのご両親も相当ショックを受けていて
親戚たちが「これは、殺人ではないか。」「旦那がほっとらかしにしたせいじゃないか。」と
とにかく旦那さんを責めるような発言をしていたそうです。
亡くなったお姉さんは、その様子をちゃんと見つめていて
旦那や残された子供をしっかり守ってあげるためにも、
「私は寿命だったんだから仕方がなかった・・・ということを親族に伝えてほしい」という
とても強い意志を伝えてこられました。
亡くなったあとでも、残された家族の心が不安定だと
ここまで故人を心配させることになるんですね。
僕は、自分のことではなく、他の残された家族のことを心配する
気丈なお姉さんが、とても健気に思えて仕方ありませんでした。
弟さんには、お姉さんが伝えたいことを全てお伝えし、
更に弟さん自身の個人セッションをして
今後の人生についての指針となるメッセージを守護霊様を通して伝えて頂きました。
実は、これまで御両親や弟さん自身が
色々な霊能者のところや、宗教団体、ユタをまわって
亡くなったお姉さんの様子を聞いてまわったそうですが
どこからも「先祖供養が必要」とか「お姉さんが怒っていて口を聞いてくれない」などと
ワケの分からないことを言って
高額な金額を請求されることが続いていた・・・とのこと。
「姉は、やっぱり怒ってなんかいないんですね・・・。」
弟さんは、心から安心した様子で
自分のこれからの人生をしっかり歩くことを約束して下さいました。
僕は、この弟さんのような、
残された側の家族の心の弱さを利用して
お金をだまし取ろうとする輩が
やっぱり、どうしても許せません。
教祖様だか何だか分かりませんが
たとえどんな良い教義や、信仰を布教していたとしても
言っていることと、実際にやっていることがデタラメな人たちが
いかに多くの人の心の弱みにつけこんで
汚れたお金を巻き上げていることか・・・。
もしその場にそういった人がいたら、
冷たい氷水が入ったバケツごと頭にかけて
「頭を冷やせっ!!!」と、喝を入れたいほどです。
もちろん、依存心が強い、騙される側にも問題がありますが、
やっぱり
心が弱っている状態の人たちの純粋な想いを利用するなんて、
真っ当な人間がすることではありませんし
やってはいけないことです。
沖縄では、そういった宗教団体に加えて、
しっかり勉強をしていない怪しいユタも多くいるので
益々、そういった騙されやすい環境であるのも悲しい現実です。
僕が、こうやって、1人1人のセッションをするのは、
限界がありますし、本当に微力かも知れませんが
少しずつでも、霊能者に頼らない生き方が
できる人たちが増えてくれることを願って
日々、様々な問題を抱えた人たちと接しています。
セッションが終わって
「しっかり生きていきます!」と晴れやかな表情の弟さんを見送りつつ
「霊能者に頼り過ぎない世の中にするには、どうしたらいいのかな・・・」という
複雑な想いが入り混じっていたので、
そのあと気分転換に、近くの公園の散歩をしました。
すると、先ほどの亡くなったお姉さんが
「ありがとうございました」と、わざわざお礼を言いについてこられたので
気を取り直して、美味しいハーブティーとケーキを食べながら
ユンタクをしたあとお別れをして、仕事に向かいました。
僕がやっていることは、周囲には分からないことだらけですし、
本当に微力なお手伝いかも知れませんが
それでも構いません。
僕のセッションを受けに来られた1人でも多くの方が
「人は、霊的世界の存在を認めつつ、依存はせずに、
自分の力で人生を歩むことができるんだ」ということに気づいて頂ければ
きっと、それだけで
こういったお役目を果たしている意義があるのだと思います。
一歩、一歩かも知れませんが、
僕にとっては、その一歩、一歩が
とても愛おしくて、大切なものに思えます。
肉体を持っている人も、持っていない魂だけの人も、
色々な感情、想いを抱えながら
それぞれの世界で生き続けています。
「今を大切に」とよく言いますが、
一歩を一歩を、その瞬間、瞬間を大切に生きていれば
きっと、それぞれの人生を振り返るとき
そのあとには、その人なりの花道が出来上がっていることでしょう。
どうぞ、あなたらしい花道を歩いて、あなたなりの花を咲かせて下さい。
僕1人、そして普通の人には見えない!?
もう1人の方と一緒に頂いたハーブティーとケーキ。
・・・ということは、現実的には僕1人で食べているんですけどね

こう書くと、なんだかちょっと怪しい人と間違われてしまいそうですが
僕は、ごく稀に個人セッションを終えたあとに
霊視をさせて頂いた方と関係のある、
肉体のない人と食事やお茶を共にすることがあります。
もちろん、亡くなった方は、肉体がないワケですから、
実際の食べ物を口にすることはできませんが
そういった食べ物のエネルギーを感じ取って頂いている場合があります。
今回の相談者の男性は、
去年、お姉さんを病気で亡くされてしまい、
その死因もハッキリと分からず、
おまけにその悲しみから、なかなか現実を直視できずに
自分や他の残された家族が
それぞれの人生すら、まともに歩くことができないほどのショックを受けていたそうです。
実際に、その男性にお会いしてセッションを始める前、
僕は、その方がどんな悩みを抱えていて、
どんな相談をしたいのか・・・ということは一切聞かずに
本題に入ろうとしたので、
男性も、最初はちょっとビックリされました。
というのも、この男性の傍には、
心配そうに、その男性を見つめている肉体のない女性が一緒に来られていたから。
僕がその女性に意識を集中すると、
どうも、胸が苦しくて、呼吸が乱れるような息苦しさを感じたので
死因は、肺か胸に関する病気なんだろうなぁ~と思い、
開口一番、「胸を患って亡くなった女性がいらしてますが・・・」とお伝えすると
その男性は、ボロボロ泣きだしてしまいました。
男性が落ち着くのを待ってから
僕が逆に「この女性は、どなたなんですか?」と男性に尋ねると
「姉です。」と答えました。
スピリチュアルなセッションを行う場合、
初めて相談に来られる方は不安でいっぱいです。
ケースバイケースですが、こういった
「何も伝えていないのに、なんで分かるの?」という驚きがあったほうが
「本当に見えない世界があるんだ」ということを
すんなり受け入れてもらえることが多いので
必要な場合は、この男性のように
先に情報を読み取る「シッティング」と呼ばれる方法をとることがあります。
更に意識を集中させると、その女性は
その男性のことを心配そうに見つめていて
「私の死を言い訳にして、自分の殻に閉じこもっているから
どうにかして生きる力を引き出してあげたい」と伝えてきました。
弟である、その男性に話を聞くと、
結婚していたお姉さんは、最初、乳がんと診断されたようですが
その後の状況を身内には一切話さずに
「胸がちょっと苦しい時がある」としか言わずに
突然、亡くなってしまったそうです。
残された旦那さんや家族は、何がなんだか分からずに
ただただ動揺してしまい、現在に至っているそうです。
今度はお姉さんに話を聞くと、
実は癌が肺に転移していて、もう命がないことも知っていたけど
家族には心配をかけたくなかったら絶対に言うことができなかった・・・と
当時のことを振り返っていました。
そして、旦那さんのことも心配されている様子。
「家族が旦那を責めている・・・」
そのことを正直に伝えると、男性とお姉さんのご両親も相当ショックを受けていて
親戚たちが「これは、殺人ではないか。」「旦那がほっとらかしにしたせいじゃないか。」と
とにかく旦那さんを責めるような発言をしていたそうです。
亡くなったお姉さんは、その様子をちゃんと見つめていて
旦那や残された子供をしっかり守ってあげるためにも、
「私は寿命だったんだから仕方がなかった・・・ということを親族に伝えてほしい」という
とても強い意志を伝えてこられました。
亡くなったあとでも、残された家族の心が不安定だと
ここまで故人を心配させることになるんですね。
僕は、自分のことではなく、他の残された家族のことを心配する
気丈なお姉さんが、とても健気に思えて仕方ありませんでした。
弟さんには、お姉さんが伝えたいことを全てお伝えし、
更に弟さん自身の個人セッションをして
今後の人生についての指針となるメッセージを守護霊様を通して伝えて頂きました。
実は、これまで御両親や弟さん自身が
色々な霊能者のところや、宗教団体、ユタをまわって
亡くなったお姉さんの様子を聞いてまわったそうですが
どこからも「先祖供養が必要」とか「お姉さんが怒っていて口を聞いてくれない」などと
ワケの分からないことを言って
高額な金額を請求されることが続いていた・・・とのこと。
「姉は、やっぱり怒ってなんかいないんですね・・・。」
弟さんは、心から安心した様子で
自分のこれからの人生をしっかり歩くことを約束して下さいました。
僕は、この弟さんのような、
残された側の家族の心の弱さを利用して
お金をだまし取ろうとする輩が
やっぱり、どうしても許せません。
教祖様だか何だか分かりませんが
たとえどんな良い教義や、信仰を布教していたとしても
言っていることと、実際にやっていることがデタラメな人たちが
いかに多くの人の心の弱みにつけこんで
汚れたお金を巻き上げていることか・・・。
もしその場にそういった人がいたら、
冷たい氷水が入ったバケツごと頭にかけて
「頭を冷やせっ!!!」と、喝を入れたいほどです。
もちろん、依存心が強い、騙される側にも問題がありますが、
やっぱり
心が弱っている状態の人たちの純粋な想いを利用するなんて、
真っ当な人間がすることではありませんし
やってはいけないことです。
沖縄では、そういった宗教団体に加えて、
しっかり勉強をしていない怪しいユタも多くいるので
益々、そういった騙されやすい環境であるのも悲しい現実です。
僕が、こうやって、1人1人のセッションをするのは、
限界がありますし、本当に微力かも知れませんが
少しずつでも、霊能者に頼らない生き方が
できる人たちが増えてくれることを願って
日々、様々な問題を抱えた人たちと接しています。
セッションが終わって
「しっかり生きていきます!」と晴れやかな表情の弟さんを見送りつつ
「霊能者に頼り過ぎない世の中にするには、どうしたらいいのかな・・・」という
複雑な想いが入り混じっていたので、
そのあと気分転換に、近くの公園の散歩をしました。
すると、先ほどの亡くなったお姉さんが
「ありがとうございました」と、わざわざお礼を言いについてこられたので
気を取り直して、美味しいハーブティーとケーキを食べながら
ユンタクをしたあとお別れをして、仕事に向かいました。
僕がやっていることは、周囲には分からないことだらけですし、
本当に微力なお手伝いかも知れませんが
それでも構いません。
僕のセッションを受けに来られた1人でも多くの方が
「人は、霊的世界の存在を認めつつ、依存はせずに、
自分の力で人生を歩むことができるんだ」ということに気づいて頂ければ
きっと、それだけで
こういったお役目を果たしている意義があるのだと思います。
一歩、一歩かも知れませんが、
僕にとっては、その一歩、一歩が
とても愛おしくて、大切なものに思えます。
肉体を持っている人も、持っていない魂だけの人も、
色々な感情、想いを抱えながら
それぞれの世界で生き続けています。
「今を大切に」とよく言いますが、
一歩を一歩を、その瞬間、瞬間を大切に生きていれば
きっと、それぞれの人生を振り返るとき
そのあとには、その人なりの花道が出来上がっていることでしょう。
どうぞ、あなたらしい花道を歩いて、あなたなりの花を咲かせて下さい。
Posted by 山野本 竜規 at 06:33
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