2008年12月19日
亡き姉の応援。
我が家に飾ってあるクリスマスツリー、昨日、弟@31歳がイタズラして
自らの使用済みの臭い付き靴下と
ビニール手袋に空気を入れて
膨らませたものを
オプションとして飾っていました



いつもながらの我が家の光景なのですが
醜いので、1分も経たないうちに即、撤去

・・・まっ、我が家の
お行儀の良さ!?が
露呈してしまう結果に
なってしまいましたが
姉弟4人、今は、このように
色々な過酷な出来事に対峙しながらも
自宅では、
ちょっとセンスのない
原始的なユーモアと明るさを忘れずに
いつも通りの生活を送っています
ここ数日は、
父の死によって発生する
様々な手続きのために
役場や社会保険事務所、
行政書士事務所など
手続き、手続きのオンパレードでした。
家主が死亡した場合、
本来なら配偶者である母が
亡夫の除籍や健康保険、
死亡届などを提出するのですが
その母が入院中のため、
更に手続きが複雑になり
普通の倍以上の労力と時間がかかり
ようやく、その目途が立ちました。
「縁起でもない!」と言われそうですが、
身内が亡くなった時の
各種手続きは、
普通でも複雑な場合が多いので
ある程度、知識として
頭の片隅に留めておくことは
絶対に必要だと思います。
死亡届を提出してから
除籍までの手続きは・・・。
いつ銀行口座が凍結になるのか、
年金の未支給分は、どうなるのか、
遺族年金は、あるのか、ないのか、
配偶者の健康保険は・・・。
考え出したら、
キリがないほど
煩雑な手続きが発生するので
いざという時のために
年金手帳や保険証などの
重要書類は
まとめて保管しておいたほうが
いいと思います。
この作業を、数日間、
姉弟で手分けして行ない
昨日、ある程度のことを終えて
母の病院に立ち寄ったら
母が奇妙なことを言い出しました。
皆「お母さん、今、何か食べたい?」
母「女の子・・・。」
いつもだったら、食べ物のことを
しきりに口にする母ですが
突然、食べ物とは関係のない
「女の子」という言葉を
口にしたのです。
逆に言えば、それだけ
母が僕たちに伝えたかったこと
だったのでしょう。
僕は、この時点で、
何のことを言っているのか
すぐに理解できたので
僕が続けて質問しました。
僕「お母さん、女の子が
お母さんのところにお見舞いに
来たんでしょ?
どんな色の服着てた?」
母「真っ赤・・・。」
僕「その女の子、何か言ってた?」
母「しっかりと・・・よろしくね。」
僕「お母さん、その子ね、
お母さんが流産した子。
僕の姉ちゃんだよ。
分かるよね。」
母「うん。」
・・・そう、僕たち姉弟は4人ですが、
以前、少しだけ、この日記で触れた通り、
次女と僕の間に
母が流産した子供がいたんです。
この子は、
この世に生れ出ることがなかったので
性別などは分かりませんが、
姉弟それぞれの
人生の節目、節目に現れて
その姿を見せているので
皆、女の子だということを
知っています。
姉たちからしてみれば妹、
僕と弟からしれみれば姉。
僕の場合、
子供の頃から
この姉が時々、赤い着物や
洋服姿で笑顔で
僕の目の前に現れていましたし、
僕が成人式を迎えた日も
赤い着物で、笑顔で枕元に現れ
祝福してくれました。
顔立ちは次女に
とても良く似ていて
いつも明るく、笑顔の人。
不思議なことに、
家族の中でも霊的感覚が鋭くない
末っ子である弟も、
一度だけ
この姉と子供の頃に遊んでもらった
記憶があり
「一緒に、おかっぱ頭の女の子と遊んでいたら
その子が突然、消えていなくなったので
お母さんに、聞いたことがある。」とのこと。
そして、母は、
僕や2人の姉のように
霊的感覚を駆使して
視えない世界とコンタクトをとる
人間ではないので
今回の言動は、
しっかりと、流産した子が
お見舞いに来てくれた様子を
感じ取っていたのでしょう。
母によると、真っ赤な服の
女の子がお見舞いに来たのは
3日前。
実は、その日、僕たち姉弟は
1か月間の疲れが一気に出て
家でダウンしていたため
誰一人として母の病院に
行けなかった日なのです。
「お母さんの病院に行けなかったな・・・。」と
残念に思っていたのですが、
もう1人の亡き姉が
母を元気づけるために
僕たちの代わりに
お見舞いに行ってくれたようです。
僕たちは姉弟4人で、
全ての過酷な物事と対峙している
気持ちでいましたが、
もう1人、心強い味方がいたことを
忘れていたんです。
亡き姉が、母に声をかけた
「しっかりと・・・よろしくね。」の真意は、
「お母さん、子供たち皆、頑張っているんだから、
あとのことは、よろしくね。
そして、お父さんのことは任せてね。」と
母に伝えているのと同時に、
僕たち姉弟4人には、
「みんな、私も、あなたたちと一緒になって
動いているんだから、
お母さんのことは、しっかりと、宜しく。
お父さんの道案内は、
霊的世界の私の役目だから任せてね!」と
伝えていたのだと思います。
姉ちゃん、
僕たち家族のために
わざわざ向こうの世界から
手伝いに来てくれたなんて
これほど嬉しいことはありません。
母の病院に居合わせた
次女も、僕も、弟も、
本当に、心の底から
幸せな気持ちになり、
「これで、母は、絶対に大丈夫。
絶対に、快復する!!!」と
確信できました。
母の緊急入院から始まった
この1ケ月間、
本当に激動の日々で
人の心の醜さを
「これでもか!」というくらい見せられ
向き合わなければいけない
悲しい現実を目の当たりにする
毎日に加え、
父の死による色々な
複雑な手続きが重なり
姉弟4人、心身共に
疲れが出始めていた頃でした。
そんな時、
もう1人の家族である亡き姉が
いつもの明るい笑顔で
希望の光を照らしてくれたので
やっぱり、家族の絆って
本当に素晴らしいものなんだな・・・と
実感しましたね。
昨日は、皆で
ご飯を食べる時も
姉弟4人ではなく、
もう1人の亡き姉を含めた5人で
食卓を囲む意識で
一緒の時間を過ごしました。
姉ちゃん、本当に
いつも、いつも、
人生の節目やピンチの時に
助けてくれて、ありがとう。
たとえ、
この世に生れ出ることがなくても、
やっぱり、家族は、家族。
そして、視えない
霊的世界から
この世を生きる家族たちを
応援してくれる魂たちが
存在しているのも
紛れもない事実です。
これからも、
過酷な日々は続きますが、
僕たち姉弟「5」人で
しっかり乗り越えていきたいと
思っています
*注*
このブログのメッセージ欄を通して、
または会社(RBC)の電話を通しての
霊視や個人セッション、勉強会の申し込み等は
一切受け付けておりませんので、どうぞ、ご了承下さい。
*関連記事*
水子なんて、呼ばないで。
救いの手のタイミング。
死後の世界。
鎮魂の心構え。
お行儀の良さ!?が
露呈してしまう結果に
なってしまいましたが
姉弟4人、今は、このように
色々な過酷な出来事に対峙しながらも
自宅では、
ちょっとセンスのない
原始的なユーモアと明るさを忘れずに
いつも通りの生活を送っています

ここ数日は、
父の死によって発生する
様々な手続きのために
役場や社会保険事務所、
行政書士事務所など
手続き、手続きのオンパレードでした。
家主が死亡した場合、
本来なら配偶者である母が
亡夫の除籍や健康保険、
死亡届などを提出するのですが
その母が入院中のため、
更に手続きが複雑になり
普通の倍以上の労力と時間がかかり
ようやく、その目途が立ちました。
「縁起でもない!」と言われそうですが、
身内が亡くなった時の
各種手続きは、
普通でも複雑な場合が多いので
ある程度、知識として
頭の片隅に留めておくことは
絶対に必要だと思います。
死亡届を提出してから
除籍までの手続きは・・・。
いつ銀行口座が凍結になるのか、
年金の未支給分は、どうなるのか、
遺族年金は、あるのか、ないのか、
配偶者の健康保険は・・・。
考え出したら、
キリがないほど
煩雑な手続きが発生するので
いざという時のために
年金手帳や保険証などの
重要書類は
まとめて保管しておいたほうが
いいと思います。
この作業を、数日間、
姉弟で手分けして行ない
昨日、ある程度のことを終えて
母の病院に立ち寄ったら
母が奇妙なことを言い出しました。
皆「お母さん、今、何か食べたい?」
母「女の子・・・。」
いつもだったら、食べ物のことを
しきりに口にする母ですが
突然、食べ物とは関係のない
「女の子」という言葉を
口にしたのです。
逆に言えば、それだけ
母が僕たちに伝えたかったこと
だったのでしょう。
僕は、この時点で、
何のことを言っているのか
すぐに理解できたので
僕が続けて質問しました。
僕「お母さん、女の子が
お母さんのところにお見舞いに
来たんでしょ?
どんな色の服着てた?」
母「真っ赤・・・。」
僕「その女の子、何か言ってた?」
母「しっかりと・・・よろしくね。」
僕「お母さん、その子ね、
お母さんが流産した子。
僕の姉ちゃんだよ。
分かるよね。」
母「うん。」
・・・そう、僕たち姉弟は4人ですが、
以前、少しだけ、この日記で触れた通り、
次女と僕の間に
母が流産した子供がいたんです。
この子は、
この世に生れ出ることがなかったので
性別などは分かりませんが、
姉弟それぞれの
人生の節目、節目に現れて
その姿を見せているので
皆、女の子だということを
知っています。
姉たちからしてみれば妹、
僕と弟からしれみれば姉。
僕の場合、
子供の頃から
この姉が時々、赤い着物や
洋服姿で笑顔で
僕の目の前に現れていましたし、
僕が成人式を迎えた日も
赤い着物で、笑顔で枕元に現れ
祝福してくれました。
顔立ちは次女に
とても良く似ていて
いつも明るく、笑顔の人。
不思議なことに、
家族の中でも霊的感覚が鋭くない
末っ子である弟も、
一度だけ
この姉と子供の頃に遊んでもらった
記憶があり
「一緒に、おかっぱ頭の女の子と遊んでいたら
その子が突然、消えていなくなったので
お母さんに、聞いたことがある。」とのこと。
そして、母は、
僕や2人の姉のように
霊的感覚を駆使して
視えない世界とコンタクトをとる
人間ではないので
今回の言動は、
しっかりと、流産した子が
お見舞いに来てくれた様子を
感じ取っていたのでしょう。
母によると、真っ赤な服の
女の子がお見舞いに来たのは
3日前。
実は、その日、僕たち姉弟は
1か月間の疲れが一気に出て
家でダウンしていたため
誰一人として母の病院に
行けなかった日なのです。
「お母さんの病院に行けなかったな・・・。」と
残念に思っていたのですが、
もう1人の亡き姉が
母を元気づけるために
僕たちの代わりに
お見舞いに行ってくれたようです。
僕たちは姉弟4人で、
全ての過酷な物事と対峙している
気持ちでいましたが、
もう1人、心強い味方がいたことを
忘れていたんです。
亡き姉が、母に声をかけた
「しっかりと・・・よろしくね。」の真意は、
「お母さん、子供たち皆、頑張っているんだから、
あとのことは、よろしくね。
そして、お父さんのことは任せてね。」と
母に伝えているのと同時に、
僕たち姉弟4人には、
「みんな、私も、あなたたちと一緒になって
動いているんだから、
お母さんのことは、しっかりと、宜しく。
お父さんの道案内は、
霊的世界の私の役目だから任せてね!」と
伝えていたのだと思います。
姉ちゃん、
僕たち家族のために
わざわざ向こうの世界から
手伝いに来てくれたなんて
これほど嬉しいことはありません。
母の病院に居合わせた
次女も、僕も、弟も、
本当に、心の底から
幸せな気持ちになり、
「これで、母は、絶対に大丈夫。
絶対に、快復する!!!」と
確信できました。
母の緊急入院から始まった
この1ケ月間、
本当に激動の日々で
人の心の醜さを
「これでもか!」というくらい見せられ
向き合わなければいけない
悲しい現実を目の当たりにする
毎日に加え、
父の死による色々な
複雑な手続きが重なり
姉弟4人、心身共に
疲れが出始めていた頃でした。
そんな時、
もう1人の家族である亡き姉が
いつもの明るい笑顔で
希望の光を照らしてくれたので
やっぱり、家族の絆って
本当に素晴らしいものなんだな・・・と
実感しましたね。
昨日は、皆で
ご飯を食べる時も
姉弟4人ではなく、
もう1人の亡き姉を含めた5人で
食卓を囲む意識で
一緒の時間を過ごしました。
姉ちゃん、本当に
いつも、いつも、
人生の節目やピンチの時に
助けてくれて、ありがとう。
たとえ、
この世に生れ出ることがなくても、
やっぱり、家族は、家族。
そして、視えない
霊的世界から
この世を生きる家族たちを
応援してくれる魂たちが
存在しているのも
紛れもない事実です。
これからも、
過酷な日々は続きますが、
僕たち姉弟「5」人で
しっかり乗り越えていきたいと
思っています

*注*
このブログのメッセージ欄を通して、
または会社(RBC)の電話を通しての
霊視や個人セッション、勉強会の申し込み等は
一切受け付けておりませんので、どうぞ、ご了承下さい。
*関連記事*
水子なんて、呼ばないで。
救いの手のタイミング。
死後の世界。
鎮魂の心構え。
Posted by 山野本 竜規 at 06:07
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