RBCアナウンサー山野本竜規の「ナカトリモチ日記」

神社の神職は神と人との間を取り持つ「ナカトリモチ」。 神職資格を持つRBCアナウンサー山野本竜規が、仕事の 裏側からプライベートまで日々の出来事を皆さんにお届けします。
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2008年08月19日

告白するのが良いとは限らない。

今月に入って、仕事やプライベートで
本島北部に行くことが続いていたのですが
やっぱり何度行っても、リフレッシュできますねふたば

よく本土に住んでいる友達に、
「夏の沖縄って、相当暑いんじゃないの?」と
聞かれますが、実は、日差しが強いだけで
湿度も低く、風も適度にあるので
本土の蒸し暑いムンムンの夏に比べれば
とても快適なんですよチョキ

夜も寝苦しいような、独特の蒸し暑さがなく、
窓を開けていると
心地良い涼しい風が入ってくるので
クーラーは使わず、
扇風機だけで過ごせるほどです。

こう伝えると、みんな、驚いたように
「信じられない!」と口を揃えて言うのですが
実際に、沖縄に長期滞在している友人は
「沖縄の夏って、日差しは恐ろしいほど強いけど、
 日陰に入れば涼しいし、夜も涼しいし、
 こんなに過ごしやすいとは思わなかった!」と
しきりに感心しています。

南国=絶対に、蒸し暑いに決まっている。

イメージや、固定観念って、
それだけ強く、人の心の中に
深く刻み込まれるものなんですね。

あなたは、周囲の人に
普段、どのような印象を与えているのか
想いを巡らせたことがありますか?

気にし過ぎるのも、良くありませんが
自分が、どのようなイメージを持たれているのか
客観的に見つめてみることは
とても大切です。

僕の場合だと、
普段、テレビやラジオの仕事で喋っている時は
比較的、「真面目で、のほほんとしている人」と
感じる方が多いようで、
このブログの内容の厳しさを目の当たりにすると
かなり驚かれます。

その逆で、いつも
このブログをご覧になっている方が
「かなり厳しい人だろうな・・・。」と思いながら
実際の僕と会うと、
そのヘラヘラぶりに拍子抜けされる場合も、
よくあります。

特別なキャラクターを演じている訳でもなく、
どちらも、自然体の僕自身です。

「自然体」と、言葉にすると簡単ですが、
これができずに悩んでいらっしゃる方は大勢いますし、
ある程度、周囲の雑音を気にしないような
図々しさ、神経の図太さがないと、
出来ないことかも知れません。

ここ数日のブログで
色情霊や性に関するお話をご紹介しましたが
いつにも増して、多くの反響を頂きました。

その中で、過去にレイプされたり、
堕胎してしまったり・・・という経験をお持ちの方が
「今、付き合っている恋人に
 辛い過去の全てを打ち明ける勇気が出てきました」と
感謝のメッセージを送ってきて下さったのですが、
皆さんだったら、どう思われますか?

僕は、ブログの中で、
「いつでも正直に、素直に生きていきましょう。」と
書いていますが、
それは、あくまで「自分自身に対して」です。

全ての物事を、
第三者に正直に告白していたら、
逆に、その相手に
深い傷を負わせてしまうことだってあります。

愛の告白以外のことで、
全てを打ち明け、告白することが、
必ずしも、良いとは限らないんです。

告白するのであれば、
本当に難しいことですが、
「人を選んで」から
告白しなければなりません。

その告白の内容に耐え得る
人間力、度量の大きさ、魂の成熟度・・・。

その全てをトータルで判断しながら
発言すべきだと思うのです。

そこで、「この人には告白できないな。」と
判断したのであれば、
それは、相手に嘘をついているのではなく、
相手を思い遣ってこその優しさですから、
罪悪感を覚える必要は全くありません。

告白する側としては、
「全ての自分を曝け出して、それを受け止めて欲しい。」
「過去のことを黙り続けるのは、正直でないから、辛い。」
「本当の自分を知ってもらいたい。」と
一見、相手のことを
思い遣っているかのように感じますが、
実は、それは、
自分の心が楽になりたいだけの
エゴの場合がほとんどです。

ましてや、そういった生き方を
「自然体」と勘違いされてしまっては
本当に迷惑です。

このように「全てを曝け出したい。」、
「だから、それを受け止めて欲しい。」という
無謀な告白をするような人は、
意識していようが、無意識だろうが、
まだまだ、「自分だけが可愛い」と感じる
幼い魂な証拠です。

本当に、心から相手のことを
思い遣っているのであれば、
敢えて言わなくて良いこと、
知らなくて良いことを
わざわざ伝えるような
愚かな真似はしないはず。

そのことによって、
心の十字架を背負うことだって
あるかも知れませんが、
人は、誰でも、何かしらの心の秘部、
触れられたくない部分、聖域というものを
持ち合わせているものです。

実際に、プライベートでお会いする方の中にも、
「こう見えても、昔は悪くてねぇ~。」と
おっしゃる方がいますが、
それは、それで
「過去のこと」として受け止めることしか
僕には出来ません。

何故なら、
そういった過去を含めて接している、
目の前にいる、その人自身が、
僕にとっての、
「今」の、その人なのですから・・・。

今回、メッセージを送ってこられた方に限らず、
自分のセクシャリティで悩む
同性愛者の方が、それを身内や親しい友人に
打ち明けて良いか、どうかで
霊視相談に来られたことがありました。

霊的世界からの答えは、
先ほど述べたことと全く同じで、
その動機が、
「自分の苦しさから逃れたいがための告白」なのか、
それとも、
「自立した人生を歩むための告白」なのか、
そして、
「人を選んで」告白できるかどうか、
そこを、今一度、しっかり考えて欲しい・・・と
伝えてこられました。

この判断がしっかり出来ずに
「血を分けた家族だから正直に伝えよう・・・。」と
甘えてしまうと
先日、ご紹介したように
告白された側のお母さんが、
動揺して真夜中に僕のところに電話をかけてきて
「娘には、色情霊が取り憑いている!」と
泣きわめくような悲しい事態になってしまうことも
実際に起こり得るんです。

これでは、告白した側も、された側も、
両方、傷ついてしまいますよね。

その出来事すら乗り越える
人間力と心の広さがあれば
全然問題ないのですが、
霊視してみると、
告白した娘さんは、しっかりした魂でも
告白された側のお母さんが
とても幼い考え方の人でしたので
やっぱり、お母さんが、立ち直るのは
相当時間がかかると思います。

自分自身に正直に生きてさえいれば、
たとえ全てを他人にさらけ出さなくても
正々堂々と、前を向いて
生きていけるものです。

そうして強く生きていれば、
それを理解して、協力して、
共に歩いてくれる人が必ず現れます。

逆に、そういった人の心の悩み、
その人が持っている心の秘部を
打ち明けられた側の人というのは、
ある意味、心の悩みを抱えている人から
「この人なら理解してくれるかも。」
「この人なら大丈夫。」と選ばれた人でもあります。

動揺はするかも知れませんが、
そういう時は、
心から理解できなかったとしても、
その悲しみや、辛さに想いを馳せ、
共に寄り添うことが出来る
心の優しさを、エネルギーを、
たっぷり、その人に
注いで差し上げて欲しいのです。

そういった時にこそ、
あなたの人間力が問われます。

心の辛さを告白するのも、されるのも、
どちらも大変なことかも知れませんが、
しっかりと、その状況を見極めて
物事を進めていくようにしたいものですね。


*注*
 このブログのメッセージ欄を通して、または会社の電話を通しての
 霊視や個人セッション、勉強会の申し込み、質問、要望等は
 一切受け付けておりませんので、どうぞ、ご了承下さい。


*「我慢」「思い遣り」に関する過去の参考記事

顔で笑って、心で泣いて。

奇跡の花咲き山。

昔の日記と仕事。

この人のためなら・・・。

ちょっとマジメな仕事の話。